transposeを熱く語る男 #15

公開日: 2012-02-02


その昔、深夜ラジオか何かで、百万部超えを連発させるベストセラーの仕掛け人という人がやってきてインタビューを受けていた。子供の頃から大の本好きで、高校生になる頃には、友達をつかまえては最近読んだ本がいかにおもしろかったかをこの上なく熱く語り続け、しまいには「これを読まないやつは友達なんかじゃない!」と無理やり本を押し付けるのが日常だったという。そんな生い立ちだから、本のプロデュースをするという今の仕事は天職なのである、というような話であった。

このトークを聞いて何年も経ってから、こんなことがあった。学生の頃、合宿か何かのときに、深夜までくだらない雑談で盛り上がっていると、 emacs でよく使うコマンドは何だ?という話題になった。すると、先輩の一人がすごい勢いで「transpose!」と言い放ったのである。一体なんですかそれ?ときくと、「えええーっ!高林くん、transposeしらないの!!transposeなしじゃあ。。。いや、transpose なしの emacs はないでしょう!」みたいな答えになっていない答えが返ってきた。

一体何なんなのか教えてくださいよ、と食い下がると「transpose ってのはね、前後の文字を入れ替えるんだよ。打ち間違えで一番多いのは文字が前後しちゃうことだからね。しかもこれがよくできてるのはカーソルが行末にあるときとないときで挙動が微妙に違うところなんだよね。いやーよくできてる!」とのこと。

いや、それを聞いても全然便利な気がしないんですけど。。バックスペース2回打って、2文字打ち直すのじゃダメなんですか?ときくと 、「それはありえないでしょう!ctrl-t (transpose-chars のキーバインド) なしじゃあ、ワンセンテンスも書けないでしょ。transpose なしのワンセンテンスは成立しない!」そんな馬鹿な!と思ったが、あまりに熱く語る彼の口ぶりから、件のベストセラー仕掛け人を思い出したのであった。

翌日、emacs を立ち上げて、ctrl-t を試してみた。確かにカーソルが行末にあるときとないときで挙動が異なる。なんだこんなもの、と思ったが、気づくと transpoes のような打ち間違えをしている。おもむろに ctrl-t を押すと、打ち間違えが修正される。なかなかいいじゃないか、これ。一時間もしないうちに私も transpose ファンになっていた。

同じ先輩は別の機会にこんなようなことを言っていた。「熱い人っていうのはね、熱さを伝染して周りの人まで熱くさせるんだ。暑苦しい人っていうのは周りから鬱陶しがられるだけなんだけど」この熱い先輩のおかげで、私はかけがえのないものを手に入れた。transpose という、地味なものだけど。

Satoru Takabayashi